・モーツァルト「あーしんど…でも曲作らなきゃ…。」

あのモーツァルトが体調を崩しながら作った曲…それが『レクイエム ニ短調
 K.626』。

特に“怒りの日”と呼ばれる部分が有名。

CMや映画、ゲームなどでも使用される。

モーツァルト《レクイエム》「怒りの日」カラヤン指揮/ベルリンフィル
(OperaTaiyaku オペラ対訳プロジェクト)




●謎の依頼主

オペラ「魔笛」の完成も近づいた1791年7月…見知らぬ男がモーツァルトを訪ねた。

その男は匿名の依頼主からのレクイエムの作曲を依頼し、高額な報酬の一部を前払いして帰っていった。

『魔笛』の初演後、レクイエムの作曲に取りかかるが、モーツァルトは体調を崩しがちに…

そして彼は台本作家ロレンツォ・ダ・ポンテに「僕は自分のレクイエムを書いているんだ…」というような手紙を送る。

そんな手紙を書いたりしてるせいで、「モーツァルトは灰色の服を着た使者に催促され、自身のレクイエムを作曲しているのだ!」という伝説が当時から現在まで広まることになる。

だが、最近の研究で「匿名の依頼者」がフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵という田舎の領主であること、使者が伯爵の知人フランツ・アントン・ライトゲープという人物であることが明らかになった。

ヴァルゼック伯爵が1791年2月に若くして亡くなった妻の追悼のために、モーツァルトにレクイエムを作曲させたというのが真相だった。



●著作権的にはグレー

モーツァルト死後、貧乏のまま残された妻コンスタンツェは収入を得る手段としてこのレクイエムを完成させようとした。

弟子たちによって完成したレクイエムの楽譜は、依頼人のヴァルゼック伯爵に引き渡され、コンスタンツェは作曲料の残りを得た。

そしてヴァルゼック伯爵は、レクイエムを自分の作品として、ウィーンのノイクロスター教会において自身の指揮で演奏。

このヴァルゼック伯爵はアマチュア音楽家で、「有名作曲家に匿名で作品を作らせ、それを自分で写譜した上で自らの名義で発表する」という著作権的にグレーな行為を行っていた。

一方、コンスタンツェは手元に残した写譜から亡夫の作品としてレクイエムを出版…これに対して、ヴァルゼック伯爵は「俺の作品や!」とコンスタンツェに抗議した、という説がある…。

そんなモヤモヤするエピソードもあるけど、ともかくこのレクイエムは今も名曲として人々に語り継がれている。



モーツァルト4A
「怒りの日」と言えば――
クラウザー、ギルデンスタン、ハイドリヒ、ロト7、ペルソナ
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