・ロシア「フィンランド攻めてみたわww」

↓結果

・ロシア「ふぇぇぇん… 。・゚゚(ノД`)

・フィンランド「泣きたいのはこっちなんですけど。」

1939年11月30日から始まった冬戦争でロシア…もといソ連は勝利。
だが、ソ連軍はフィンランド軍の反撃で大損害を受けるのであった。
・フィンランド「僕も大損害なんですけど。」

今回は、その冬戦争でソ連に大損害をもたらしたスナイパーを紹介します。


シモ・ヘイヘ 
1905年12月17日 - 2002年4月1日


言わずと知れた白い死神、フィンランドのスナイパー。

ソ連VSフィンランドの冬戦争で活躍。

ライフルとサブマシンガンでの戦果が500人以上という化け物。

1940 年 3月 6日の戦闘でソ連兵にアゴを撃ち抜かれる重傷を負う。
そのため、冬戦争後の継続戦争中は病院にいた。

彼の上司であるアールネ ・ユーティライネンやフィンランド兵士によれば、小柄であまり目立たない人だったとか。

狙撃の技術は入隊前に営んでいたケワタガモ (カモ目カモ科) 猟で培われたものと言われている。

これは元猟師だった赤軍のヴァシリ・ザイツェフや、アボリジニーの猟師出身者が多い現代のオーストラリア陸軍SAS狙撃兵などの経歴と共通する。
皆もカモを撃とう!

「レンズの光が反射して居場所がバレちゃう(´・ω・`)」と言う理由からスコープを装備せずオープンサイトで狙撃を行っていた。
それでも300m以内の敵は確実にヘッドショット。

他にも逸話や記録が多数ネット上に転がっている。

・ロシア「あまりネットの情報を鵜呑みにしない方が良いよ。」

・アメリカ「↑変なのが何か言ってるぜ~ww」


また、冬戦争そのものがヘイへの戦績に影響したかもしれない。

1 当時、ソ連軍は「ドイツ軍のポーランド侵攻みたいに速攻で終わるっしょ」と戦争勝利を楽観視。
侵攻前の軍事会議では、万全を期して2、3ヵ月分の確保が必要とする意見もあったが、少数意見として黙殺され、1、2週間分の弾薬供給で十分とされた。
冬季戦闘の準備は不十分で、特に森林戦を想定しておらず、鈍重で攻撃されやすい車輌を多く使用していた。


2 1939年~1940年の冬の気象条件は、マイナス40度になる日が連日続くなど極寒で、これがフィンランド軍に有利に働いた。
「ロシア人も寒いの慣れてるでしょ~?」と思うかもしれないが…
・ロシア「限度があるだろ!?」
だそうです。
「ソ連軍戦死者の80%は補給を絶たれた末の凍死」という説もある。
さらに、いつもなら凍っている湖や湿地が開戦当時には凍結しておらず、ソ連軍の機械化部隊やソ連空軍の侵攻が妨げられた。


3 スターリンの大粛清によりソ連軍将校が多数処刑されたことで組織が骨抜きになっていた。
そのため、数に任せた第一次世界大戦のようなバラバラな銃剣突撃を繰り返す無謀な攻撃をしていた。
冬戦争の指揮官であったクリメント・ヴォロシーロフは、夕食会の席上でスターリンから失策を批判され、思わず「苦戦したのはあなたの粛清だ!多数の優秀な将校がいなくなったからだ!」と怒鳴ったという。
豚の丸焼きをのせた大皿をひっくり返したりもしているぞ!
そんなヴォロシーロフも、後のソ連の最高指導者ニキータ・フルシチョフに「赤軍の大きな糞溜め」と馬鹿にされているよ!


4 フィンランド軍は「モッティ戦術」と呼ばれるゲリラ戦を行った。
その戦術は主に…
▶行進するソ連軍部隊に白い服装で隠れ、奇襲。

▶スキー部隊等の活用。

▶行進するソ連部隊の先頭と後尾を叩いて、身動きを取れなくし、包囲殲滅。

▶機動力と地の利を生かして赤軍を分断した上で雪中に孤立させる。


「ソ連無能・フィンランド有能」な状況だったからこそ、ヘイへはもちろん他の兵士たちも活躍できたのかもしれない…。




・フィンランド「…当時のソ連が無能で良かったよ、ホント…。」

・ノルウェー「そうだね、今のロシアと戦争したら、スカンディナヴィア半島が地図から無くなるよね。」
スカンディナヴィア





・スウェーデン「間違いない。」





ロシア
スカンディナヴィア半島が地図から
無くなる前に購入をおススメします。