(『プロイセンさん誕生の日』の内容の一部です。)

・織田信長
「進撃の2か・・・。」
・徳川家康「遂にリヴァイ死す!」
・信長「ウワー。急展開だ~。」
・フリードリヒ・ヴィルヘルム「コホン。ここからは私が解説を。」
・信長「何者だ?」
・ヴィルヘルム「プロイセンをポーランド支配から脱した男。」
・信長「そういえば、さっき話にでてたな。」
・ヴィルヘルム1679年に私はスウェーデンよりポメラニアを占領し、ドイツへの影響力を排除した。海軍も強化し、スウェーデンの脅威からもいち早く脱して強国への足掛かりを築く。」

 ・ジークフリート「この方は名君でな。数々の功績から“大選帝侯”と呼ばれる。」
・信長「で、あるか。」
・ヴィルヘルム「しかし、王国を築きあげることはまだ、難しかった・・・。」
・信長「そういえば、プロイセンはまだ一応は神聖ローマ皇帝の臣下だったな。」
・ヴィルヘルム「そう・・。ローマ帝国の影響力は弱くなったとはいえ、ブランデンブルク選帝侯の私が王を名乗るにはまだできなかった。」
・ジークフリート「しかし、そんなプロイセンに転機が訪れる!」
・信長「なんだなんだ。」
・ヴィルヘルム「プロイセンが行ったある作戦によってプロイセンは進撃を開始する・・。」
・信長「ある作戦?」
・ヴィルヘルム「名付けて・・・恩を売る大作戦。」
・信長「フッ。」

・ヴィルヘルム「鼻で笑っていられるのもそこまでだ。

当時、神聖ローマ皇帝レオポルト1スペイン継承戦争に備えて一兵でも多くの軍勢を集めねばならなかった。

私の子、ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ3世は8,000の兵を援軍として送ることを約束する。」

・信長「・・・・それがお前の恩売る作戦か?成功するはずがない。」

・ヴィルヘルム「・・・フッフッ。」

・信長「ま、まさか!!」

・ジークフリート「臭い芝居だ。」

・ヴィルヘルム「この恩売り作戦により息子フリードリヒ3世は、神聖ローマ帝国の領内ではないプロイセンにおいて王であることが許され、1701118日にケーニヒスベルクで戴冠、フリードリヒ1となったのだ!」

・信長「おめでとう。」

・徳川家康「おめでとう。」

・ジークフリート「めでたいな。」

・アルブレヒト「初代プロイセン公アルブレヒトからも感謝の言葉を述べよう。」

・ヘルマン・ザルツァ「ようやくだぁ!アゥッアゥオゥウア゛アアアアアアアアアアアアーーーゥアン!」

・信長「出で来るな!!もう中世は終わったの!」

・ジークフリート「誰だったけ?」

・信長「たしか・・ドイツ騎士団総長。」

・ヴィルヘルム「もう、喋って良い?」

・信長「あ、どうぞ。」

・ヴィルヘルム「この“プロイセンにおける王”という称号はプロイセン国王のことではない。」

・信長「なに?」

・ヴィルヘルム「プロイセン国王とはプロイセン全土に権威が及ぶ者のことをいう。それはこの時点ではまだ、許せれなかった。ポーランド国王も1742年まで“プロイセン国王”の称号を使用していたしな。」

・信長「ややこしや~。」

・ヴィルヘルム「プロイセン国王として認められるには孫のフリードリヒ2世(大王)による西プロイセン獲得を待たねばならない。」

・信長「それはいつだ?」

・ヴィルヘルム1772年だ。」

・信長「けっこう待つね・・・。」

・ジークフリート「それでも、その時代において王という称号の魅力はとても大きく、フリードリヒ1世が帝国内外のあちこちに散らばった世襲領の臣下たちの心を1つにまとめることに成功したことは確かだ。」

・家康「称号は大事ですぞ。征夷大将軍とか関白とか。」

・信長「・・・うん。俺はなかったけど。」

・ジークフリート「その後、プロイセン王国はホーエンツォレルン家の支配の下に軍事大国への道を歩んでいく。」

・信長「絶対王政の時代はどこも軍事大国だろう?」

・ジークフリート「確かにそうだが、プロイセンの場合は少し違う。

この頃、プロイセン王国の領域は、ブランデンブルク選帝侯国と旧プロイセン公国、そのほか若干の各地に散らばったいくつかの小さな領地を合わせたものだった。

これらばらばらの領土は防衛に不利であり、プロイセンを守るためにはこれらをつなぎ合わせる必要があった。

歴代の国王は地理的な統合を求めて相続・侵略を繰り返していくことになる。」

・信長「つまり、国土防衛の為に、各飛び地をつなごうとした訳か。」

・ヴィルヘルム「さぁ!プロイセンの戦いは始まったばかりだ!ガンバレ、プロイセン!羽ばたけ、プロイセン!!」

・信長「・・・・・・・・・・・え?終わり?」
鷹と朝日イラスト提供者 ・アイリス十字(pixivより)